難攻不落、落城の覚えなし、故に無敵。 その名は「岡城」 九州の城・山城

文治元年(1185年)、九州の豪族”緒方三郎惟栄”が源頼朝に追われし源義経を迎えるため築城したことが始まりであるという。以来800数余年、数々の激戦の戦火全てを退け、落城の覚えなく現在に至る。
※明治維新後の明治4年の廃城により城館は取り壊され今の石垣だけの姿となりました。
引用:岡城.com
竹田城下町~天空の城「岡城」 ドローン空撮


岡城の歴史に輝く武将たち

岡城にまつわる武将たちの紹介。

源平合戦

源氏最強の武士 源為朝

岡城が作られる前に使用されていた騎牟礼城のヌシ、粗暴さを嫌い中央から移され、騎牟礼城を根城に「鎮西八郎為朝」を名乗り、九州中で暴れまわった。その後平清盛率いる平氏と戦うために、豊後武士28騎と共に本州へ向かい、大いに平氏の心胆を寒からしめた。最後は囚われ肘の関節を外されて、伊豆大島に流されたが、肘が治るとすぐに役人を懲らしめ伊豆大島を手中に納めた。その後平家の討伐隊500余騎、20艘の軍勢を相手に戦い、自刃して果てた。
熊本地震後、騎牟礼(きむれ)城本丸(古城・岡城の支城) 5月4日 2016年撮影 の映像(参考資料用)



源平合戦

おそろしき者の末 緒方惟義

源平合戦で九州から平家を追い出した豊後武士団の棟梁、源範頼に兵船を供して源氏の勝利に大いに貢献する、その後、幕府に追われる源義経に味方し岡城へ迎え入れようと船で迎えに行くが、嵐によりその願い叶わず。
沼田の庄に配流され、後に許されたとも、その地で死んだとも言われる。自らを「おそろしき者の末」と称し、背中には鱗があったと言う伝説がある。



戦国末期、織豊時代

切支丹のヤングチャンピオン 志賀親次

豊薩合戦の際に、大友家臣南群衆の支城が続々と島津の軍に落とされる中、岡城で島津の大軍を僅かな守備兵と撃退し続け、落とされた支城の奪回も幾度もこなした若き英雄。
大友氏改易後は、秀吉の誘いを断り、福島正則など、各地の大名家を転々とし暮らした。熱烈な切支丹武将。



戦国末期、織豊時代

歴史の影に消えた戦人 志賀掃部助

志賀親次の兄、日向国(宮崎)での戦いや、豊薩合戦の豊後直入郡(大分県竹田市)の戦で、縦横無尽に兵を引き連れ戦ってきた歴戦の武将。大友宗麟の娘を室とし、南群衆筆頭の北志賀家の分家、南志賀家の家督相続権もあったと言われる、歴史の影に埋もれた名士。大友氏改易後は宗麟の側室や娘を保護して長崎に移住、その後弟の志賀親次の子を養子にして長崎志賀家を残した、自身の嫡男は肥後細川家に仕えたと言われる。



戦国末期、織豊時代

忠義の盾 佐田常任

肥後より進軍してきた島津義弘の軍勢を相手に、僅かな手勢で撃退した大友氏志賀家の武将。籠城の為の水の手を絶たれるも堅固に城を守り続け、最後は討ち死にしたとされる。子孫には、今も「忠義を尽くすことが大事、任された仕事は最後まで諦めず取り組む姿勢が大事」との家訓が伝わる。



戦国末期、織豊時代

忠義の剣 吉野帯刀

豊薩合戦で島津軍の侵略により滅亡した、南山城の南志賀家きっての手練の武士。主を逃すため、島津軍と、裏切った豊後武士二十数名を相手に一人で戦い、逃散させ撃退した。その時に負った傷が元で自らも命を落とす。



戦国末期、織豊時代

賤ヶ岳を勝利に導き、果てた猛将 中川清秀

羽柴秀吉と義兄弟の誓いを交わし、賤ヶ岳の戦いで壮絶な最後を遂げた、岡藩初代藩主中川秀成の父。岡城には藩祖中川清秀を祀る荘嶽社跡が残る。妹は古田重然(織部)室。



岡藩時代・江戸時代

父を倒した鬼玄蕃の娘を娶った 中川秀成

中川清秀の次男、岡藩初代藩主。文禄・慶長の役の時に兄の中川秀政が無覚悟の死で亡くなった際に、父の賤ヶ岳の功績によって改易を免れ、次男の秀成が家督を継いだ。正妻は父中川清秀を賤ヶ岳で倒した鬼玄蕃こと佐久間盛政の娘「虎姫」



岡藩時代・江戸時代

人望厚くもミステリアスな中興の祖 中川久清

岡藩三代目藩主、岡藩の中興の祖としての名君の顔と合わせて、登山好きの殿様として知られる。一方、山奥で最新式の重火器等で演習を繰り返し、幕府から理由を問われた際、南蛮と事にあたる際の守りのためだと答えた武辺の逸話もある。昨今では稗史の研究で、豊臣秀頼の遺児ではないかとの説も出てきた話題の尽きない藩主。


岡城(大分県竹田市)の周辺の山城と支城のリストです。

山城・支城リスト

【城郭名】所在地(補足)
01【岡城】竹田市竹田 (落城の覚えなし、故に無敵)
02【鬼ヶ城】岡城南西(岡城の出城・支堡・決戦岡城攻防戦)
  ・特集鬼ヶ城-動画・豊薩合戦Episode-
  ・特集鬼ヶ城-予告編-
  ・鬼ヶ城-写真-
  ・鬼ヶ城-地図-
03【片ケ瀬城(戸次城)】竹田市片ヶ瀬(岡城の出城・支堡)
04【騎牟礼城(鎮西城・古城)】竹田市飛田川字古城(初代城主源為朝・眺め良し)
05【南山城】竹田市久住町大字白丹字尾登(南志賀22万石の中核)
06【相ヶ鶴城】竹田市久住町大字白丹
07【繩張城(縄張城)】竹田市久住町大字白丹稲葉
08【三船城】竹田市久住町大字仏原
  ・山城特集 「三船城」 動画と豊薩合戦Episode
  ・三船城写真
  ・三船城地図
09【山野城】竹田市久住町大字仏原字山口(朽網氏中核の城)
10【法螺貝城】竹田市直入町大字下田北
11【松牟礼城】竹田市直入町大字上田北(三笈山)
  *谷を隔てて北方に田北氏の拠点熊牟礼城がある。(熊群山)
12【城山】(松牟礼城の出城・支堡)
13【田北城】竹田市直入町大字上田北字仲村(八幡神社)
14【津賀牟礼城】竹田市入田字矢原
15【牧城】竹田市入田(津賀牟礼城の支堡・狼煙台・眺め良し)
16【笹原目城】竹田市宮地久保笹原目
17【駄原城】竹田市戸上駄原畑(七ツ森古墳群・奇策留守の火縄)
山城「駄原城」を捜索(九州大分県の山城)
18【下原城】竹田市戸上駄原畑付近(未調査)
19【菅迫城(菅ノ迫城)】竹田市宮城山田
20【小松尾城(小松ヶ城・入田城)】竹田市祖峰地区神原
21【緩木城】竹田市九重野(緩木山)
22【高城】竹田市九重野字高源寺
23【烏嶽城 】大分県豊後大野市緒方町小原 烏嶽
24【野尻城(川上岡山城・川上城)】阿蘇郡高森町大字野尻字石原



竹田市の岡城の周辺の山城、支城、狼煙台などの地図。



岡城.com志賀氏館に通じる山城ライン

岡城周辺志賀氏館(用作公園)から直入之郡(竹田市)の山城を結ぶラインを表示


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